あの頃…
「……これ」

視線を落とした資料

踊る文字はERに居た時毎日見かけた読み易い走り書き

一番下にあるのは筆記体で記されたKurozakiの署名

「昔塔矢と一緒に担当した患者のカルテ」

「お借りしても良いんですか」

「そのまま塔矢に返してといて。俺は当分使わないから」

そう言ってしるふの横を通り過ぎていく

はたと視線を上げれば、一度も振り返ることなく、

名残惜しそうなそぶりは微塵も見せずに遠ざかっていく背中

「……ばか」

薄い暗闇の中、一人そうつぶやく

「期待、させないでよ」

ああ、やっぱりあの漆黒の瞳は、本当は優しいのだ

凄く

きっと誰よりも

「………わかってるもん」

本当はもう逃げられないこと

どんなにもがいたって、目をそらしてもふとした瞬間に思い知らされる

本当は、ずっと前から

あの優しい瞳を知った時から

大好きだってことを



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