あの頃…
そっと見回すと海斗らしい質素な車内

CDもないし、空き缶もない

少し質素すぎるような気がしないでもないが、まあ彼らしいと言えばそれまでだ

「それで、桜本先生なんですけど」

かすかなエンジン音とともに走り出す車

なぜだろう、とても安心して乗っていられる

「いつだったか一緒に処置に入った時に、私の処置の仕方が懐かしい感じがするって言われて」

黒崎先生に最初に指導してもらいましたって言ったら

「ああ、まだ医者続けてたのかって嬉しそうにしてました。あんなにつべこべ言ってたのにって」

そんなに文句垂れてたんですか

「言ったろう。あの頃はまだ理想を見てたって」

日々増えていく失望に何度やめようと思ったことか

「いろいろ話してくださいましたよ。黒崎先生研修医秘話」

嬉しそうに笑うしるふにそっと眉を寄せる

「特に記憶に残るような武勇伝は作っていない」

少なくともしるふよりは

「患者だった6歳の女の子に告白されたとか」

…そんなことあっただろうか
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