あの頃…
「おはようございます、黒崎先生」

「おはよう」

飯田がその横を通り過ぎていく

カルテから視線を上げた海斗がしるふを認めて足を止める

「おはよう」

「お、はようございます」

向けられた漆黒の瞳はやっぱり無感動

でも、隠された優しさを知ってしまった

あの大きな手は不覚にもとても暖かくて

とても居心地が良かった

「ICUの桑田さん、少し気をつけて見とけ」

それだけ言って海斗が横を抜けていく

「……絶対に優しくなんてない」

認めてなんてやらないんだから

認めたら違う何かを認めなければならなくなりそうで

言い聞かせるために一人、そっとつぶやいた

大きく息を吸い込んで、逸った心を落ち着かせる

その理由なんて、今は知らない

知りたくなんてない

「…よし」

行こう

医局に消えていった背が少しだけ近くなったような気がした
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