せんせい
想いを、文に。


昌子(まさこ)は悩んでいた。
ボブカットの豊かな黒髪にふっくらとした白い手が深く埋もれる。
まだ紅の色を知らない薄桃色の唇から洩れる呟きは、何とも物憂げである。


「……せんせい…」


その声は艶やかな高音で、どこか幼さが残る。大人でも子供でもない微妙な色を帯びた声は、聴く者の心をキュンとせつなくさせると評判だ。
美声の少女は花の中学3年生。今まさに子供から大人への過渡期にある。


「……せんせい…」


初めに断わっておくが、昌子の姓は森ではない。

しとしと雨に濡れながら初恋の先生を呼んでいるのではないし、この物語は巷でもてはやされている先生と生徒の禁断恋愛ものではない。


「先生、は…どうして…死んじゃったのかな…」


では、昌子は恋人に先立たれたのだろうか。

否、今年も海へ行くっていっぱい映画も観るって約束したじゃないあなた約束したじゃない、という沢田知可子的ストーリーでもない。


「こんな手紙を、残して…。」


残された手紙には、犯人に繋がる重要な手掛かりが…?東野圭吾的なミステリーだろうか。


「しかも…なにこれ、遺書超長いし!」


…そうでもないらしい。
(ちなみに東野圭吾の『手紙』はそういった内容の話ではない)


彼女が小一時間ほど前から繰り返している、そのため息の原因を作った張本人、とは……


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