弁護士先生と恋する事務員


階段の踊り場には、私と先生の二人きりになった。


相変わらず賑やかな、蝉の声だけが窓の外から聞こえてくる。



「ほらな、『警戒心』が足りねえって言っただろ?」



私はその時、先生の両手にすっぽりと閉じ込められていた。



「せっ……んせ……?」



苦しいぐらいに抱きしめられて、私の全身が先生の体に押し付けられる。



広くてたくましい胸


強く響く鼓動


香料と、男の人の匂い―――



どうしよう、ドキドキしすぎて立っていられなくなりそう。


先生はどうしてこんな事、するの―――



「―――どうしてメガネ、やめたんだ?似合ってたのに」



耳元で囁く先生の声はひどく甘くて、そして切ない。



「……っ、す、少しでもきれいになりたかったんです…」


「じゅうぶんかわいいだろ、詩織は。」


そう言った先生が私の頭に、ちゅっと唇を押し付けるのを感じた―――



(……っ!!)



「こんな化粧して大人びれば、この先だってあーいう奴らが寄ってくるんだぞ?あんま心配させんなよ……」


「せ…先生…」



『どうして抱きしめたり、キスしたりするの?』



そう聞きたかったけれど、ヒリついた喉から声を絞り出すことができない。

私はただ、先生の胸の中で、苦しくて甘く痺れる体を持て余していた。



「――安城に言われたのか?」



かすれた声で、押し出すように突然先生がそう言った。


(安城先生に?)


……ああ、確かに言われたけれど。



「安城先生には、地味って言われました。」


(正確には『ムッツリ地味女』って言われたんだけど省略。)




「………………そうか」



長い沈黙の後、先生は私の体をそっと離した。



「変な男には、くれぐれも気をつけるんだぞ?あ、俺はその中に入れんなよ。」



先生は私の顔を覗き込んでそんな風に冗談を言いながら


いつも通りの顔に戻って事務所へ帰って行ったのだった―――

 
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