弁護士先生と恋する事務員

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尊君のお母さんは、つい先日この事務所に離婚相談にやってきた30代の女性だった。

開業医の夫と離婚したいのだけれどどうしたらいいのか、
夫の方が格段に収入があるから、一人息子の親権を取られてしまうのではないかといった悩みだった。


「お母さんからお話は聞いているよ。離婚なんて、尊君にしたら辛い話だろうと思うけど。」


先生が尊君に話しかける声は、普段よりももっと優しく、温かい。


「いいえ、辛くなんかないです。一秒でも早く、離婚して欲しい。」


尊君は憎々しげに「あんな親父…」と呟いた。


「…そう。尊君は離婚には賛成なんだね。

だけど、もし離婚が成立してお母さんと暮らすことになったら、もしかしたら…今の生活よりもずっと、経済的に苦しくなるかもしれないよ。

尊君のお父さんはお医者さんだから、君は一般家庭よりずっと裕福な暮らしをしているはずだ。だけど離婚したら、今のままではいられない―――」



「そんな事、どうでもいいよ!」



尊君が声を張り上げた。黒い瞳の奥に、強い意志を感じる。


「お金なんて、なくてもいい。あの親父から離れられるなら。お母さんと二人で、安心して暮らせるんだったら。」


「…そうか。尊君にとっては、豊かな暮らしよりもお母さんと二人で安心して暮らせる事が大切なんだね。」


先生が穏やかな声で、一つ一つ確認するように語りかけると、うん、と尊君は力強く頷いた。


「じゃあ、もう少しだけ詳しく言うよ?
経済的に苦しくなるって言うことは…住む所や着るものが贅沢できなくなるだけじゃないんだ。

例えば、尊君の大好きな習い事が続けられなくなったり…

一番大きいのは進学かな。大学進学にはお金がかかる。

離婚すればもしかしたら、君が進みたい道に進めなくなる可能性だってあると思う。それでも…」



「中学卒業してすぐに働いてもいい!!」



尊君は先生の言葉を最後まで聞き終わらずにそう言った。


「のんびり勉強してるぐらいなら、すぐにでも働いてお母さんを助けたい。」


尊君は迷いのない目で先生を見つめた。


「君の気持ちはよくわかった。」


先生は尊君の頭に手を伸ばし、前髪をわしわしと撫でた。


「尊は男らしい奴だな。お前なら、お母さんと二人、力を合わせて暮らしていける。俺が全力で応援するから、まかしとけ!」


先生はいつもの先生の口調に戻って、わはははは!と豪快に笑った。


いきなり態度が変わった先生に驚いて目を丸くしていた尊君も
数秒後には、つられてあはははは、と笑った。



それは、中学生らしい、あどけない笑顔だった―――

 
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