弁護士先生と恋する事務員


「――おい、こら、サエ…」


芹沢先生は、啄ばむように何度も唇を重ねている。


「私と別れてから、この唇で何人の女の子とキスしたの?」


「んなにいねえよ…」


「ふふふ、嘘つき。」


また、唇が触れ合う。



涙は私の意思と関係なく、静かに流れ落ちる。


私の大好きな先生は、他の女の人と愛し合っていたんだ――



ふと、キスをやめた芹沢先生が


無邪気な子供みたいな笑顔で、剣淵先生に言った。



「ねえ、光太郎?



私たちそろそろ、結婚しちゃおうか。」




『私たちそろそろ、結婚しちゃおうか』


頭の中で、その言葉を繰り返す。




(結婚…ああ―――)



もうダメだ。


これ以上、見ることも聞く事もできない。



私は静かにバックヤードの奥へ移動して


両手で力いっぱい耳を塞いで声を殺して泣いた。




早く、早く帰って―――


ここから出て行って――――



~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


「私と結婚して、光太郎はうちの事務所のボスになるのよ。」


「なあ、サエ……あいつはなあ」


「え?」



「――あいつ、誰よりも早く事務所に来て、掃除するんだ」



「……なんの話?」



「誰もそこまでやれって言ってねえのにだぞ?


毎朝、事務所のすみずみまでピカピカに掃除してくれるんだ。


自分で観葉植物買ってきて飾って水やって。鏡もガラスも磨きこんで。」



「……」



「俺の事務所をさ、そりゃあ大事そうに、掃除するんだよ。



……たまんねえよ…」



「――コウ?」



「たまんねえんだよ―――」



~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*



私は固く耳を塞いで部屋の隅にうずくまっていた。



早く、二人が帰ってくれる事を祈りながら。




*『うちのセンセイ』[9]ライバルは超美人弁護士/おしまい*
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