弁護士先生と恋する事務員



(うわっ……)



いきなり心臓を掴まれたように苦しくて、声を出せなくなってしまった。

芹沢先生は、気を許したネコみたいに目をつぶったまま寄りかかっている。



(やだ、出そびれちゃった… どうしよう)



「はあ…。やっぱり光太郎といるとホッとするなあ。」


仕事モードの時とは違って、甘えを含んだ声に心臓がズキリと痛む。


「どうした、頑張りすぎて息切れしたか。」


剣淵先生は、寄りかかる芹沢先生の頭をよしよしと撫でている。


(や、やだやだやだ… このままここにいたら……)


嫌な予感に心臓がドキドキドキドキと速くなる。



どうしよう。


今まで心の中で誤魔化して、考えない様にしてきたことを


はっきりとつきつけられてしまうかもしれない。



心の準備はまだできてないのに。


例え事実だとしても知りたくないよ―――



「ううん、仕事で息切れなんかしない。仕事大好きだもん。

だけど、コウはいいなあってあらためて思ったの。

大きくて、優しくて、あったかくて…コウといると、安心するんだ。」


「大型犬でも飼えよ。大きくて優しくてあったけーぞ!わははは。」


「もう、…バカ。」


芹沢先生は剣淵先生の胸にすりすりと頬を寄せた。



(~~~~っ!!)



見ていられない。見ていられないのに目を逸らすことができない。


大好きな人が他の女の人とイチャイチャしている所を盗み見てしまう私は


―――世界で一番のバカな女だ。



「お前が別れるって言ったんだぞ?『もう、男と付き合うのめんどくさくなったー』って言ってな。」


「ごめんごめん、だってあの頃私、仕事に燃えてたのよ。

同僚には負けたくないし、男の先輩にはナメられたくないし。

コウが事務所を継いでくれないから、後継者争いでいまだに戦国時代なのよ?うちの事務所。」



(…やっぱり二人、付き合ってたんだ……)



「俺は継がねえぞ。っつか、もう俺の事務所を開いてるんだぞ?そろそろ認めろよ、お前も親父も。」


「自分の力でやっていけるってわかって、もう、気が済んだでしょ?

ここはあのイケメン君にまかせちゃって、そろそろお父さんの後、継ぎなさいよ。」


「イケメン君って、安城の事か。お前、簡単に言うんじゃねえよ。俺がどんな思いでこの事務所を軌道に乗せたかわかって―――」



「ふふふ、コウの青くさい所、好きよ。」



芹沢先生はそう言うと



剣淵先生の唇に



(―――キス、した……)




目がチカチカする。


頭がくらくらして、倒れそう。




私は音も立てずにその場にしゃがみこんだ。


知らないうちに、涙が頬を伝って


床にポタリと水滴を作っていた――

 
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