弁護士先生と恋する事務員



先生に気づかれてた――!



こんなに身近にいるのに、匿名で花を贈るなんて

恥ずかしいし気持ち悪いだろう。


誰にも知られたくなかった、特に先生には。



先生が嬉しそうにすればするほど

どんなに素敵な人を想像してるんだろうと思っては

罪悪感ばかりが大きくなっていった。


やめなきゃやめなきゃと思いつつ、ズルズルと今月まで…



「待て!逃げんな!!」



豪雨にも負けないような怒鳴り声が聞こえて、振り向くと先生が追いかけて来ていた。



(なんでっ――!)



「逃げんな、バカ!!俺の質問に答えろっ!」



あっという間に追いつかれた私の肩を、先生の両手が掴んだ。



「お前がどういうつもりだったかわからねえが、俺には大事な事なんだ。

だから逃げねえでちゃんと答えろ!

――なんで俺に毎月花を贈って来た?」



ザ―――――



土砂降りの雨が、二人の体を濡らす。

雨の音にかき消されない様に、先生は声を張り上げている。



「そ…れは、先生を励ましたくて――」



花束は、先生への応援の気持ち。

メッセージカードは――


『剣淵先生。お体に気をつけて、お仕事頑張ってくださいね。』


『剣淵先生。お酒はほどほどに。ずっと応援しています。』


『剣淵先生。暑い日が続いています。夏バテには気をつけてください。』


……………
…………


あれは私からのラブレター。

直接言えない、溢れだしそうな気持ちを小さなメッセージカードに託して

月に一度だけ、先生に届けてもらう。


そんな小さな楽しみが、いつの間にかみんなを騙すような隠しごとに変わってしまった。



ザ―――――



雨は降り止む気配もなく、二人の上から降り注ぐ。

髪から流れ落ちる水が、涙のように頬を伝った。



「だったら、今辞めるのはどうしてだ!


安城と結婚するのかしねえのか、どっちなんだ!」


先生が雨に負けないようにと、怒鳴るように問い詰める。



(なんで私が結婚?先生こそ―――)



「安城先生と結婚なんてしませんよ!結婚するのは剣淵先生の方じゃないんですか!」



私も負けじと大声で言い返す。



「何ぃ?俺が結婚するなんて誰が言った!」


「言ってたじゃないですか、事務所で!

それに、キ…キスしてたじゃないですか、芹沢先生と!」


「ああ!?キスなんてしてねえ!」


「してましたよ、事務所のソファーに座って、な、何度も何度も…っ―――!!」



喉の奥が苦しくて、涙が溢れてきた。


あの時の事を思い出しては、どれほど泣いただろう。



「あれは冴子がくっついてきただけだろ!あんなのキスしたって言わねえんだよ、バカ!キスって言うのはな―――」




先生はそう言うと



突然、私の顔を押さえつけるように強く掴んで



まるで稲妻みたいな速さで



強引に私の唇を塞いだ―――


 
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