弁護士先生と恋する事務員



「んっ……!」



突然過ぎて、何が起こったのかわからない。


呼吸を奪われて、頭の中が真っ白になっていく。


苦しくて先生の胸を叩くけれど、その腕さえも捕らわれて。



「どうだ、これでも同じか。全然違うだろ。わからねえなら何度でも教えてやる」


「せんっ……」


言葉すら奪うように、唇を離してもすぐに塞がれてしまう。


「ふ……ぅ…」


唇を離したわずかなスキに、先生はかすれた声で私を問いただす。


「詩織、お前の好きな男は誰なんだ。俺か、安城か。」


(また、その名前――)


「あんじょっ―――んっ……」


『安城先生の名前が、どうして出てくるんですか』


そう言おうとしたのに、先生は悲しげに眉根を寄せてまた唇を奪った。


「お前の口から他の男の名前なんて聞きたくねえ。


俺が好きだって言え。言えよ、詩織――」


先生らしくもない、苦しげな声に胸がきゅう、と軋む。



「せ…先生が…」


「聞こえねえ。もっと大きな声で言え」


「先生が…」


遠くの空で、稲光が空を駆け抜けた。


「――――好き、です……」



(ああ、やっと言えた―――)




雨が、アスファルトを叩きつけている。


雷鳴は、空の彼方に反響して低く轟き続けている。



先生は私の言葉に少し目を細めて、それから―――



「―――俺も… 俺もお前が好きだ、詩織…」



切ない吐息と一緒にそんな言葉が耳に届いた。



(………本当に?)



ふにゃりと力が抜けてしまった私の体を


背中がたわむほど強く抱きしめた先生は


耳元で、命令するみたいに囁いた。



「安城とは別れろ。今すぐ俺のものになれ、詩織――――」


 
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