弁護士先生と恋する事務員
「よし、帰るぞ。事務所片して用意しろ。」
「わかりました!」
「…なんか反応いいな。現金なヤツ。」
安城先生に笑われながら事務所の戸締りをして、ようやく帰り支度を終えた。
「お前さ…」
ドアの前に立った所で、安城先生はふと私を見つめて言った。
「お前、剣淵先生が好きなんだよな?」
「えっ……」
急にそんな話を振られて、言葉に詰まってしまう。
「いや、さっきも言ったけど、俺先生が嫌いなわけじゃないから。邪魔するつもりもねえし…お前だったら―――」
安城先生はそこまで言うと、思案気に言葉を切った。
今日、安城先生は私に心を開いていろんな話をしてくれた。
だったら…私も同じだけ心を開いて向き合ってみようかな…
私は、まだ誰にも打ち明けた事のない、自分の気持ちを口にした。
「―――はい。好きです。
私、先生が好き。大好きなんです―――」
その時、カタリとドアの向こうで音がしたような気がした。
「……そっか。」
安城先生は満足そうにほほ笑んで、「さ、帰るぞ。」
そう言ってドアを開けた。
キィィ…
「あ、剣淵先生!帰って来られたんですか?」
ちょうど事務所にやってきた剣淵先生の姿が、そこにあった。
三日ぶりに会う先生の姿に私の心臓はドキドキと高鳴り、嬉しくて声が上ずってしまいそうだった。
「あ、ああ…。事務所の灯りが見えたから誰かいるのかと思ってな。」
先生はなぜか戸惑った表情で私たちを見ていた。
「なんだ、お前らってやっぱり――」
「え?」
先生が口の中で何か呟いて、聞き返すと「いや…」と言って話を切った。
「これ土産。二人で食え。」
先生はお菓子の入った袋を安城先生に手渡した。
「それからこれは詩織に―――、いや、いらねえか、こんなもの。」
先生は何かを渡そうとして、思い直してポケットにしまった。
「何ですか、見せてくださいよー。」
「…ああ、いらなかったら捨てろよ。―――じゃあ、お前ら気をつけて帰れよ。お疲れさん。」
先生は私に小さな紙袋を渡すと、話もそこそこに右手をひらひらと振り、そそくさと帰っていってしまった。
「あ、先生―――」
久しぶりに会えたから、もっと話したかったんだけどな。
でも、疲れているだろうから仕方ないか。
「俺たちも帰るぞ。」
そう言って安城先生は階段を下りて行った。
「はあい、今行きます。」
私は急いで先生からもらった紙袋をそっと開けてみた。
中には、イクラ丼の着ぐるみを着たネコのキーホルダーが入っていた。
(やっぱり、先生ったらこんなものを―――)
釘をさしておいたのに、案の定ふざけたお土産を買ってきた先生。
だけど、そのネコの顔が何とも脱力系で……
(ふふふ、なんだか、かわいい。)
私は宝物を手に入れた子供みたいに
ネコのキーホルダーを大切にバッグにしまったのだった。
*『うちのセンセイ』[5]かけ違えたボタンのように /おしまい*