弁護士先生と恋する事務員


浅い呼吸と、混じり合う体温。

なんだかわからない感情が湧いてきて、ジワリと目が潤んだ。



―――……私じゃダメですか

私じゃ、その人の代わりになれませんか、先生―――



(そうだ… 私、その人の代わりでもいいって、あの時思ったんだっけ)


本当に望んだ関係ではないけれど、

例え一時の気休めだとしても

先生の辛い気持が少しでも軽くなるなら、それでいい。


私は抵抗する力を抜いて、スッと目を閉じた。


~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


「やべっ……」


急にそう呟いた先生は、ぱっと体を離し

焦った様子で私に背を向けた。


(―――!?)


突然拘束を解かれ、自由になった体に軽い喪失感をおぼえる。


(一体、何が起こったの?)


何が何だかわからないが、背中を向ける先生はもう、私を羽交い絞めにする気を無くしたらしい。

ホッとした途端、なんだか腹が立ってきて


「せ、先生っ、悪ふざけもたいがいにしてくださいよっ…」


ベッドから起き上がり、先生の背中をベシベシと叩いてやった。


「イテッ、悪ふざけじゃねえ。あんまりお前が無防備だから、ちょっとビビらせてやろうと思ったら――」

「思ったら何ですか!」


「……俺がマズイ事になっただけだ」


(はあ!?)


さっぱり的を射ない説明にますます苛立って、病人だという事も忘れて先生を問い詰めた。


「何がマズイ事になったんですか!いきなり、あ、あんな事しておいてっ…」


「ウルセー。お前には説明しねえ。男にはもっと気をつけろってことだ。」


な、なにこの悪びれた様子もない態度はっ!?


「も、もうっ、先生なんて……」


『知らないっ』


そう言おうとした瞬間、ベッドからがばっと起き上った先生は

私の頭を抱きしめ、自分の胸元へ引き寄せた。



「――嫌いって言うな…」



(……っ!)



「ごめん、詩織。お前は悪くねえ。八つ当たりだ。」


先生は静かな声で、私に謝った。


(八つ当たり…)


「あんま男に優しくすんな。じゃねえと――」


先生の声が、微かにかすれている。



「――好きでもねえ男に、ヤラレちまうぞ。」


その言葉は、私の胸をぎゅっと苦しくさせた。


(―――先生の事、好きだよ?ただ、こんな形で結ばれるのが…

ちょっと悲しかっただけ…)




「さ、もう帰れ。」


先生は小さな子にするみたいに、私の額に軽く口づけてそう言った。


~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*


帰り道、三日月が夜空を照らしていた。


通勤用の私のバッグには

先生からもらったネコのキーホルダーが揺れている。


迷い道のように複雑に入り組んだ小路を


私は逃げるようにして、家へと急いだのだった。



*『うちのセンセイ』[6]センセイ、ダウンする/おしまい*
< 94 / 162 >

この作品をシェア

pagetop