白紙撤回(仮
第三夜
午後の日射しがアスファルトをジリジリと照らしている。
俺は重い足取りで駅の階段をおりていた。

あれから約一ヶ月が過ぎた。
あの後、市ヶ谷は事務的な説明をしてあっさりと俺を家に帰した。
本当に呆気なく。

「まぁ、拒否権がないってのは冗談だよ。君は自由だ。気が向いたら訪ねて来て。ここにいない時はこれに載ってる住所にいるからさ」

そう言って一枚の名刺を俺に押し付けてドアを開けて「お帰り下さい」と言わんばかりに首を横に傾けた。
俺は名刺と市ヶ谷を交互に見て促されるまま市ヶ谷の開けたドアから部屋を出た。

市ヶ谷の家から駅に向かう途中は狐につままれた気分だったが、家に帰り鍵を開けて部屋に入った瞬間、ようやく現実に引き戻った。

あれは何だったんだ……。

市ヶ谷の家での事が頭から離れず翌日、俺は会社に退職願を提出していた。
そして一ヶ月後に退職。現在に至り、この日、俺は市ヶ谷から貰った名刺を片手に駅の階段をおりていた。

「市ヶ谷快彦ねぇ……」

名刺に書かれていた名前を疑わしく呟く。それが奴のフルネームらしい。

とりあえず市ヶ谷の家に向かう。
うろ覚えの道に覚悟を決めて歩を進めた。

マンションに着くとオートロックを睨み付け市ヶ谷の部屋の番号を押してインターホンを鳴らし待つ。
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