白紙撤回(仮
「……なぁ市ヶ谷、どうしてここまでしてくれるんだ。お前にメリットなんてないだろ?」
市ヶ谷は前を向いたまま無表情に答えた。
「僕がいい人だからさ」
俺が疑いの目を向けると市ヶ谷は横目でチラリと俺を見た。
「……なんてね。別にメリットがないわけじゃないよ」
「……何だよ?」
「僕は自分の為にそうしただけだから君には関係ない個人的理由さ」
「はぁ?もし俺が悪い奴で金持って逃げたらどうすんだよ!?」
「仕方ないことだと思って諦めるよ。人間は利己的な生き物だからね」
他人事のように話す市ヶ谷に俺は眉をひそめた。同時に信用されていないことを知る……。
そんな俺の心裏を逸らすように市ヶ谷は話題を変えた。
「ところで君の借金……勿論、一括返済するだろ。明日、返済しに行く?」
「え?無理だろ?俺がお前の所で働いて返すんだろ?ん?……あれ?」
混乱していると呆れたように市ヶ谷が口を開いた。
「僕に二百八十万貸してほしいって言っただろ?給料貰ってその給料から消費者金融に返済するつもり?……働いて少しずつ返すなら会社にいた時と変わらないよ」
「あ……そうだ。お前に一括返済して貰ってその分を働いてお前に返すのか……ってお前はそれで大丈夫かよ?」
「別に構わないよ。利息を考えたらアホらしいだろ。僕が払うわけだし。いいよね?」
「……まぁ……そりゃ俺は……」
一言も反論出来ないまま歩いていると駅に着いた。
市ヶ谷は足を止めた。
「じゃあ明日また来て?お金は用意しとく」
大金を軽々しく貸す市ヶ谷が腑に落ちない気がして俺は鞄から封筒を取り出し、市ヶ谷の目の前に突き出した。
「何?」
「渡すの忘れてた。一応、履歴書」
市ヶ谷は目を丸くして俺を見た。
市ヶ谷の中で履歴書は不要だったようだが俺は俺なりに筋を通したかった。
「俺がどこの誰か知らないとお前も困るだろ……ちゃんとガチの履歴書だからな」
市ヶ谷は丸くした目を封筒に移すと手に取ってふっと笑った。