たなごころ―[Berry's版(改)]
16.広がる視野
 わにぶちの店の前で。笑実は両手で鞄を抱えていた。先ほど、銀行のATMで。数回に分け下ろしたお金を詰め込んだ鞄を。ここへ来るのは、今日が最後だと思いながら。もちろん、鈴音の忠告を受けての行動ではない。笑実自身が考え、笑実が出した答えである。結果的には、鈴音の思惑通りに事が進んでいるようで、悔しいような気もするけれど。
 だからといって。これ以上箕浪の傍には居られない。――何故か。
 理由は考えない。それは、考えてはいけない。と、笑実の本能が警告していた。

 胸の前で、腕を交差したままに。笑実は握りこぶしを作る。小さく、自分自身へ気合を入れる様に一度、頷いて。笑実はわにぶちの戸に手を掛け、店内へ脚を踏み入れた。
 書架の間に出来ている通りを。店内奥にあるカウンターを目指し進み歩く笑実の耳に。転げ落ちるように、階段を駆け降りるけたたましく大きな音が届く。もちろん、その後に顔を見せたのは。他でもない。箕波だ。
 書架の隙間から、笑実の姿を見つけ。箕浪は顔を綻ばせる。あまりにも、それはあまりにも子供のようで。隠すことなく、ありのままの感情を顕にする箕浪の笑顔を前に。笑実の頬が火照る。箕浪も、笑実の変化に気付いているだろうが、そこへは触れず。嬉々として、笑実の手を取った。

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