たなごころ―[Berry's版(改)]
18.戻せない時間
 着慣れない服装が、履きなれないピンヒールが、廊下に敷き詰められている絨毯が。笑実の歩みを邪魔していた。ままならない歩行に、苛立ちが見え始めた頃。笑実は爪先を引っ掛け、体勢を崩しそうになる。それを予想していたように。箕浪の腕が、笑実の身体を支えた。箕浪の身体に枝垂れかかるよう、胸元にしがみ付きながら。笑実は箕浪の顔を見上げる。
 先日、短く切りそろえた箕浪の頭髪。今はパーティに合わせ、全体的に左後方へ流され、綺麗にセットされていた。身に纏ったスーツは、喜多が着用しているそれと見劣りするものではなく。同等な、いやそれ以上にも感じる、光沢で極上のあるものだった。いつもは猫背なはずの姿勢も、今日は凛と堂々とした後姿で。まっすぐ伸びた背中は、一際大きく、笑実には感じられた。
 笑実がよく知る箕浪よりも、少しだけ高い位置にある眸。開けた視界に、箕浪は未だ慣れないのか。その眸は、少し色の入った眼鏡の奥にあるけれど。それでも、今までよりもずっとよく見える綺麗な眸。
 絡み合う箕浪との視線と、今の失敗。そして現在の体勢から。笑実は頬を紅く染める。反対に、箕浪は嬉しそうに口角を上げた。

< 131 / 213 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop