たなごころ―[Berry's版(改)]
20.トドメの一言
 笑実は小さく頭を振る。眸を閉じ、否定の言葉を繰り返して。しかし、どれ程違うと言い聞かせても、浮かび上がってくるのはある記憶。数週間前に、耳にした犀藤助教授の言葉だ。
 ――製薬会社と提携を組んで開発している新薬のデータの一部が、他社へ流れていたんです。
 ――実は、今回が初めてではないんですよね。今年度に入ってから。前にも、販売直前の臨床データが提携会社よりも早く他社が発表していたり。

 笑実の身体の中で、心臓が太鼓のように大きく鳴り始める。にも関わらず。血流が悪くなったように、指先は酷く冷えていた。笑実は両手を摺り合わせ、強く握り締める。慄く唇、震える声で。笑実に背中を向け、真剣に話し込んでいる人の名を呼ぶ。1ヶ月ほど前までは、親しみと愛情を込め呼んでいた名前を。今は、ある疑念を持って。

「ねえ、学。何をしているの?」

 呼ばれた学は、笑実を振り返らない。おざなりに、言葉だけを投げ寄越す。

「笑実には関係ない。知らなくてもいいことだよ」

 笑実はふらつく足取りで、ふたりの元まで歩み寄る。何か、否定できる材料を探そうと視線を巡らせて。笑みが捉えたのは、学の隣で椅子に腰を下ろす男性の傍に置かれている茶封筒。表に大きく書かれている会社名を確認し、笑実の身体は大きく震える。
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