たなごころ―[Berry's版(改)]
26.至福のとき
 脱衣所で笑実を下ろした箕浪は、「10分だけ時間をやる!10分だ!」と言い残し戸を閉めた。乱暴に、大きな音を立てて。一瞬呆けたものの、笑実は弾かれたように。自身の衣類へ手をかけ始めた。どこかで疑いながらも、どこか本気にすることはなく。

 シャワーノズルを捻り、笑実は全身に湯を当てる。知らずに口元は綻んでいた。初めて、この事務所へ運ばれ、浴室を借りた日。まさか、自分が再び同じ場所でシャワーを浴びることになろうとは、予想もできなかった。改めて、縁とは不思議なものだと感じずにはいられない。
 前で腕を交差させ、首元まで撫で上げる。程よい緊張感と期待が、笑実の中で渦巻いていた。どれだけ年齢を重ねようとも、異性と肌を重ねる前のこの独特な感情の揺らぎが変わることはない。目の前に飾られている鏡へシャワーを当て流し、笑実は全身を映す。身体のラインを、自身の掌で撫でながら、括れを確認していたその時。冷気と共に、箕浪の声が笑実の身体に触れた。

「遅い!」
「やっ!」

 飛び跳ねるほどに驚いた笑実は、両腕で自身の身体を覆い隠す。戸口へ背を向けるように、身体を大きく捻って。動揺する笑実の態度を気にすることなく、背後から箕浪の手が伸びる。
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