たなごころ―[Berry's版(改)]
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「ふざけるな!」

 笑実が去った後。静かな室内に、箕浪の怒声が響く。慣れた様子の喜多は、新聞から視線を上げない。苛立たしさを隠そうともせず、箕浪はそれを振り払い、強制的に喜多の注目を集めた。笑顔を浮かべたまま、漸く喜多の眸が箕浪を捉える。

「何が不満なんだ。本社の秘書だけじゃ捌き切れないから、人手が欲しいって言っていただろう。図書館で勤務してるって言うし、いいじゃないか」
「だからって、俺に相談もなく勝手に決めるな!あれは俺の店だ」
「……いつまでも、ここに閉じこもっている訳にはいかないだろう。叔父さんは、お前が会社に戻ってくれることを望んでる」
「うるさい!」

 前髪の隙間から覗く箕浪の眸が、鋭く喜多を貫く。大きな溜め息を零し、散らばった新聞紙を拾い集める。

「とりあえず、この件が片付くまでだ。そう長くはないさ」

 靴を大きく鳴らしながら、箕浪は乱暴にガラス戸を開け、ブライドで隠れた空間へと姿を消した。



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