たなごころ―[Berry's版(改)]
 ――だが、その思いはすぐ後悔する羽目となる。箕浪の業務に関係ないだろうと思われる数々の指示を言われる度に。我慢などせず、思ったことは口にしてしまえば良かったと。

「猪俣笑実。埃が目立ってるぞ。きれ―いに掃除しろ」
「ダージリンが飲みたい。今すぐだ。ティーパックは駄目だぞ。……買ってこい」
「人のものに勝手に触るな。これは高級品なんだ」
「……腹が減った。猪俣笑実。何か食べれるものは作れないのか」

 間違いない。彼は一般的な社会人、いや大人ではない。身体だけが大きくなった、小学生くらいの子供だ。笑実自身の中でそう結論付けると、不思議と初日のように心が毛羽立つことがなくなった。
 いや、理由はもうひとつある。笑実に対し、暴言に近い言葉を口にしてしまった時。箕浪は気遣わしげな視線を見せるのだ。あの暖簾のような前髪の奥から。寂しそうな、何故か傷ついたような眸で。
 箕浪の乱暴な言葉の奥には、何か理由があるのかもしれない。気付いてしまえば。呆れはするものの、箕浪を突き放すような、見捨てるような気持ちを、笑実は持てなくなっていた。

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