たなごころ―[Berry's版(改)]
 会長の声を無視するように。箕浪は笑実の腕を引き、ソファーから立ち上がる。引きずられる様に、笑実は足早に進む箕浪に必死で付いてゆく。毛足の長い絨毯が、足に絡みつくことで歩きにくいと。笑実はこのとき初めて知った。
 ドアが閉まる瞬間。会長の「親を脅迫するのか!」と言う絶叫が聞こえたが。箕浪の歩みを止めることは出来なかった。

「箕浪さん、待って」

 エレベーターを待つ笑実と箕浪の元へ、女性の柔らかい声が届く。箕浪の鳴らした小さな舌打ちも同時に、笑実の耳へ届いたが。敢えて、それは聞こえないふりをする。ふと、笑実は未だに腕を箕浪に捕らえられていたことに気付く。甘い香りが、自身に近づくよりも早く。笑実はその腕を振りほどいた。
 隣にまで来た鈴音に、笑実は小さく頭を下げる。一般的な、軽い挨拶のつもりであったのだが。笑実へ返ってきたのは、期待を裏切るもので。まるでサボテンの様に、細かくも小さな棘が隠された冷たい視線だった。笑実の中にある『女の感』が正しければ。今の鈴音の視線から、笑実と言う存在が彼女にとって『非友好的な存在』だと判断されたことは間違いないだろう。
 瞬時に。箕浪へ向けられた鈴音の視線は、甘くも暖かいものに切り替わる。その変化が。笑実の考えが正しいと教えていた。

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