たなごころ―[Berry's版(改)]
 笑実との最初の出会いは偶然だったが。彼女を巻き込んだのは、意図的である。今回の依頼者と、笑実との職場が同じ大学であることは、箕浪も喜多も当初から把握済みであるのだから。

  箕浪とて、予感はしていた。笑実からの連絡が途絶えた数日。笑実が逃げ出した可能性を。どんな理由がそこに隠れているにしろ。自分の元から、人が去ってしまうことに。箕浪は慣れている。だから、引きとめることもしない。理由を尋ねることも、追うこともない。慣れているからだ。
 だがどうしたことなのか。今回は違ったのだ。
 笑実のことが気になって仕方なかった。いや、心配だったと言ったほうが正確かもしれない。本当は――いや、本当に。体調を崩しているのではないかと……。

 レンガ造りの建物の前に立ち、箕浪は日の入りが計算されているであろうガラス戸に手を掛ける。引き返すべきかとも逡巡したが。結局は一気にドアを開き、身体を滑り込ませた。数歩先にある自動ドアを抜け、更にその先、右手に見える図書館内へと続くスライドのドアを開いた。
 瞬間鼻先を掠める、古本屋とは違う本の匂い。心地よくさえ感じる小さな物音と、微妙なバランスの静寂。ジーンズのポケットに手を忍ばせ。箕浪は足を進める。笑実の姿を求めて。
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