たなごころ―[Berry's版(改)]
 駅とわにぶちは徒歩数分の、数百メートル程度の距離である。その間には、商店街のように多くの店が連なっていた。わにぶちと同様、赴きある懐かしい構えの店もあれば。斬新で新しい建物の店もある。駅前から、ひとつ外れているとはいえ。人通りの多く、活気ある通りでもあった。
 その中で。クレープ屋のワゴン車が、笑実の目に留まった。笑実がアルバイトを休んでいる期間に出店したのか。初めて見る店であった。匂いに誘われ、店の前で足を止めた笑実に、店主が笑顔でクレープを差し出してくる。

「お客さん、新作なんです。おひとつ、味見をどうぞ!」
「……あ、ありがとうございます」

 甘く香ばしい、食指の動く匂い。戸惑いながらも、笑実はそれを受け取る。店主は、笑実の言葉に、更に満面の笑みを返した。満足げに。
 珍しいこともあるものだと。笑実は首を傾げ、わにぶちを再び目指す。すると今度は。紅茶専門店の前で。顔見知りの店員に、試飲中だと柑橘系の香りのするフレーバーティを差し出された。箕浪に指示され、何度か紅茶の葉を求め訪ねているうちに。笑実は店員とも親しくなっていた。素直に受け取り、感謝の言葉を残し、再び先を目指せば。
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