たなごころ―[Berry's版(改)]
 次に通る雑貨屋の前では、大きな熊のぬいぐるみを。花屋の前では、前が見えなくなるほどの大きな花束を。
 わにぶちを目前に。笑実は差し出された荷物で、両手が塞がり前方がまともに見えないほどになっていた。
 足を止め、笑実は思わず苦笑する。こんなことを思いつき、実行するような。子供じみた人は、ひとりしか思い浮かばない。差し出してきた人物たちが言うように、偶然や善意だけだと信じられるほど。笑実は単純でも、純粋でもない。この現状に、嬉しさよりも、若干の戸惑いと唖然としまうような。そんな大人の女なのだ。

 笑実が居るのは。まだ、わにぶちまで数十メートル離れた場所である。しかし、笑実がたった今思い浮かべた人物の声が。予想外に彼女の耳へ届く。

「おお、猪俣笑実。すごい荷物だな。どうしたんだ?」

 苦労しながら。大きな花束を脇へずらし、首を伸ばし先に視線を向けると。予想に違わず、箕浪が立っていた。いつもとは違う容姿で。
 普段は眸を覆い隠す役目を果たしていた前髪は、カチューシャで後ろに纏められ。綺麗な額が顕になっている。代理のように、濃い色のサングラスが、箕浪の眸を隠してはいたが。
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