あの夏の季節が僕に未来をくれた
「ほら雅紀、そんなとこ立ってないで早く座りなさい」


見兼ねた母が助け船を出す。


俺はそれに乗っかって、あぁだかうんだかよくわからない返事をしながら、父の隣の椅子に腰をかけた。


昔から父の前で母の隣は弟と決まっていて。


それは弟が病気がちだったせいもあるけど。


そのおかげで父は目の前に座る弟の顔はよく見ていても、隣に座る俺の顔はめったに見ることがなかった。


そのたまに見せる顔も、弟を頼んだぞだの、兄貴なんだからしっかりな、なんてことしかなくて。


その頃は頼られてるんだ、信頼されてるんだって誇らしくもあり嬉しかったけど。


蓋を開けてみれば、父が俺自身について何かを聞いたことも、声をかけたこともなかったんだと気付く。


だから……


今日のこの夕食の席は、生まれて初めての、俺のことだけの話し合いなんだと今更ながらに思った。


そしてそう思ったと同時に期待と不安が渦巻いて、俺の胸を苦しくする。


きちんと話を聞いてくれるんだろうか?


それとも……


母が今朝、大丈夫だからと言ってくれた言葉を思い出す。


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