麗しの彼を押し倒すとき。


「ねぇ柚季、パリだってー。もうお母さん今から楽しみなんだけどっ」

「……」

「ちょっとー聞いてる?パリよ、パリ。エッフェル塔に、フランスパンに、凱旋門に、ルーブル美術館。あとは…」

「さ、最悪だ」


何がパリだ。フランスだ。

全然嬉しくない!


ショックから何も言わない私の隣で、両親は今から旅行でも行くようなテンションで盛り上がっている。

まさか、もうそろそろ転勤の話が出るんじゃないかとは思っていたけれど、海外だなんて思わなかった。

何なの。そう思い自分のかじっていたパンに目を落とすと、それはしっかりと歯ごたえのあるフランスパンだった。



「ひっ!」


もうこんな身近に仏国がっ!


思わずパンを放り投げると、朝食のコーンスープに見事着地する。



「あら柚季、パンとスープなんてもう向こうのパリジェンヌみたいねっ」


だめだ、この能天気な母親はもうパリという名の都に洗脳されている。

まあこんな母だからこそ、転勤ばっかりの生活でもやっていけるんだろうけど。



< 7 / 162 >

この作品をシェア

pagetop