冷徹上司のギャップに振り回されています
マットなシルバーのテンプルと、上半分だけが、ふちで囲まれたハーフリムというデザインのメガネ。
それは、清潔感と上品な印象を与えるけど、同時にクールにも感じてしまって、自然と背筋が伸びた。

メガネのせいだけじゃなくて、きちっとしたスーツ姿に、涼しい目元をした彼自身にも原因があるのだ、とも思う。

よく見ると、凛々しい眉に鼻筋が通った端正な顔立ち、皺のないスーツに曲がることなく締めたネクタイ。
そして、黒く艶のある髪、それと同じ色の瞳が、落ち着いた佇まいが気品を感じさせる。

それは、この夜の繁華街には不釣り合いの、真面目そうな出で立ちだった。

私は不意に声を掛けられたことも手伝って、何も言えずに目を丸くしていた。
すると、表情をひとつも変えずに彼が言う。

「働くなら、支払調書を発行してくれる店にしておけよ」
「へっ……!?」
 
し、支払……なんだって?
 
咄嗟のことに、未だにまともな声が出ない。頭の中は疑問符だらけ。
だけど、それをどう言葉に出そうかと悩む暇も与えられぬまま、彼は私に背を向けて歩き出す。

「まっ、待ってっ……!」
 
追い込まれた私は、思わず彼の背中を追いかけ手を伸ばし、スラリとした程よい肉付きの腕にしがみ付いた。
まるで、お父さんに縋り付く子どものようなことをしてる自分にハッと我に返るものの、もう今さら後には引けない。

「こ、この業界の方ですよね? 少しだけ、話を聞かせてもらえませんか?」
 
高級そうなしっかりとした生地のスーツに、シンプルなメガネ。それと、ちょっと冷たく感じる目。

夜の街に不釣り合いとも思ったけれど、それでもこの辺りにいるわけだし。
この人は、〝そういう〟お店に従事している人なんだろう。

私は、そう勝手に断定して考えた。
 
店内に入っちゃったら、何かあった時に困る。外(ここ)なら逃げ道はいくらでもあるし! 
率先して働きたいわけじゃないけれど、内容を少しだけでも知ることが出来たら……。
この人の涼しい目に睨みを効かされるのは怖いけど、でも!
 
心を決め、グッと顔を上げる。
目に映った彼は、想像通りの……いや、想像以上の冷やかな瞳を私に向けていた。
 
――ああ。勢いで行動しちゃダメだって、今までの人生経験で何度もわかっていたハズなのに。
どうして私ってば、それを繰り返してしまうんだろう。

でも、自己嫌悪したって時間は巻き戻せない。ここまで来たら、あとは突っ走るだけだ。

「正直、こういうお仕事って抵抗あるっていうか! でも、時給はやっぱり魅力的ですし! でも、できれば、もう少し時給低くてもいいから、普通のお仕事がいいんですけどっ」


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