黄昏に香る音色
「昨日、ライブで…啓介さんといた歌手は、誰なんですか?」

明日香の質問に、恵子は目を丸くして、

「言わなかったの?」

明日香の隣で、コーヒーを味わっていた里美が口を開いた。

「この子…いきなりライブが、はじまって…すぐに、出ていたのよ」

里美はコーヒーを飲み干すと、肩をすくめた。

恵子は驚き、あきれた顔で、明日香を見た。

明日香は恵子から、顔を背けると、

「だって…くやしかったんもん……。なんか二人の音が…くやしかったの」

明日香は、コーヒーに手をのばした。

恵子は苦笑する。

「それって…啓介が、他の女とやってたからかい?」

いつのまにか隣にきた…ベースの阿部が、ニヤニヤ笑っていた。

「ち、ちがいます!そんなんじゃないです」

明日香は、阿部にソッポをむいた。

「そうですよ。明日香も最近、ふられたばかりなんですから!誰か…知らないけど」

里美は、じっと明日香を凝視する。

明日香は、里美も見ないようにし、恵子にもう一度きいた。

「ママ!あの人は…?」

呆れながら、恵子は…一冊のジャズ雑誌を、明日香に渡した。

「河野和美…23才。まだデビューはしてないけど…あの安藤理恵の再来と、いわれているわ」


安藤理恵。

アジアの歌声という宝石…

といわれた彼女は、アメリカに渡り自殺した。

明日香がページをめくると、見開き一杯に和美の特集をしていた。

赤い服。

赤い口紅。

「真紅の歌姫…」

和美は、そう紹介されていた。




「そろそろ、音あわせましょうか」

恵子の言葉に、

まじまじと見つめていた雑誌を、カウンターに置くと、

明日香は、ステージに向かった。


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