黄昏に香る音色
「ロックじゃ、駄目なんです!」

明日香は思わず、叫んだ。

「何かこう…ふわっと…柔らかい感触でなくちゃ…いけないんです」

明日香は最近、できるだけ、

いろいろなライブに、足を運ぶことにしていた。

だけど、満足する音に、出会えていなかった。

ほとんどのミュージシャンの……リズムが、固いのだ。

特に、ドラムの音。

音が、抜けていないのだ。

音が、一音、一音で止まり…リズムが続かない。

リズムや、音の勢いが、叩くたびに、寸断されているのだ。

だから、聴いていると、

疲れてくるのだ。

阿部や武田の音は、軽やかで、

何だか心が踊り、

フワフワの羽毛に、包まれているように感じる。

恵子は、明日香の歌にあまり口出しはしなかった。

阿部や原田が、キーを指定し、発声練習をしてるときも。


ただ一度だけ、恵子は口を開いた。

明日香に、ナットキングコールのアルバムを貸してくれたとき…。

「彼は、マーヴィンゲイが憧れた人。本当のソウルフル、歌が上手い人は決して、大袈裟に叫んだり、がなりたてたりしないもの。もっと軽やかで…それでいて、深いものよ。彼のようにね」

その恵子の言葉を、

明日香は、自分の歌の目標にしていた。

軽やかであること。

明日香の説明に、

浅倉は頷くと、

「他は、ロックや…ブラスバンドはスウィング調でくると思うから…音の差別化には、なるわね」

「他にやりたい曲は?」

滝川がきいたが…明日香は、首を振り、

「ないです」

滝川は、ため息をつき、

「今回は、香月さんのできる曲でやろうと思う。僕達がやれる曲は、決まっているし…。毎週…発表会を、土曜日やってるんだが…客がまったくつかない…」

滝川の言葉に、他の部員も首をうなだれる。

「だから、新しい風がほしいだ。香月さんという風がね」


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