黄昏に香る音色
(いつのまに…)

全然、気付かなかった。

明日香は、チーフからCDを受け取り、

店を出た。

啓介が、店前で待って貰っていたタクシーに、

2人は乗り込む。

明日香は車内で、

CDのジャケットを見つめた。



(歌手なら知ってなさい)

と言った…

和美の言葉を思い出した。
明日香の家の場所を告げると、タクシーは出発した。


「すまない。今日は」

啓介が、頭を下げた。

明日香は、首を横に振って、

「啓介さんのせいじゃないです。あたしが、変なこと言ったから」

「お袋のことか…仕方ないかもな」

啓介は、前を見た。

「安藤理恵…俺を産んだお袋だが、和美のお袋でもある」



「え!?」

明日香は、驚いた。


「安藤は、母方の姓だ。俺の親父と出会う前、結婚していたんだ…和美の父親と」

タクシーは、静かな住宅街をこえ、大きな川を渡った。

明日香の学校の近くを通る。

「和美の父親と離婚…というか…家をでて、俺の親父とともに、アメリカに旅立った。まだ1歳にもならない…和美を置いてな」

明日香は、衝撃で…言葉が出ない。

「俺の親父とは、正式に結婚した訳じゃない。だから、親父も望んだことだが…恵子ママが、母方の安藤の姓を、俺につけたのさ」

啓介は、バックミラーに映る自分自身を見つめた。

「だけど…周りから、望まれた子ではない俺は…母方も認めなかった」

啓介は、目をつぶり、

「だから…恵子ママが、養子にむかえてくれたのさ」

啓介の話は、続く。

「子供の頃は………母さんと、名字がちがうから、疑問だったけどね」

タクシーは市をまたぎ、都会へと入っていく。


「でも…俺は、よかった。母さんがいたから…。でも和美は…」



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