お嬢様重奏曲!
 竜の顎が銀狼に牙を向く。
 そのまま地面へと引きずり込めば終わりなのだが、竜の顎は銀狼を飲み込む事なく地面へと消え、地割れもなくなっていた。
「真夜ちゃん?」
 司が振り返ると力無くその場に立ち尽くしている、真夜の姿があった。
 今の真夜ならば魔力が尽きると言う事はないだろう。魔力の負担を司もある程度請け負っているからである。
「……やっぱり私、出来ません」
 涙をいっぱいに溜めた瞳で真夜は司を見る。
「確かにこの狼さんは悪い事をしました。ですけど、この狼さんもまた生きるものです」
 真夜は優しい。敵にまで感情を、抱く事が出来る。
 しかしそんな優しさだけで生きて行けるほど、この世界は優しくないのだ。
「分かっているのか? こいつはここの土地神を取り込んだんだぞ? たとえ新たな土地神が生まれるとしても、すぐには生まれない。その間土地の力は弱まり、疫病が流行ったり作物が不作する可能性がある」
 だからこそ司はあえて真夜を冷たく突き放す。
 敵に優しさを持つにも覚悟が必要だからだ。
「でも! それでは」
 なおも真夜は食い下がる。
「なら真夜はそいつのために、ここに住む人たちの事はどうだっていいわけだ?」
「……そ、それは」
 司の言葉に真夜は言い淀む。
 つまり真夜は今、銀狼とここの住人たちとを、天秤にかけているのだ。
 当然、普通ならば住人を選ぶだろう。と言うか選ばせるものである。
 しかし司は真夜の決意と覚悟を見たいのだ。
「……やっぱりどちらだけなんて選べません! どちらも助けたいんです」
 その答えは甘いものだ。世の中きれい事だけでは済まされない。
 もし必ずどちらかを選ばなければいけない状況になった場合、このままの意思ならば決断は出来ないだろう。そして悩みながら両方失うのだ。
 しかし司は真夜の答えに満足そうに微笑んだ。
 真夜の言葉に決意を、真夜の瞳に覚悟を見たのだ。
 司は真夜の隣まで歩き、その頭を乱暴に撫で回す。
「おっしゃ! んじゃ両方どうにかしちまうか」
「…………え?」
 司の言葉に思わず自分の耳を疑った真夜は、クシャクシャになった頭で司の顔を見上げたのだった。
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