家族
 時計の針は十時を指している。春夫は夜道を一人とぼとぼと歩いていた。仕事の帰りである。
 春夫は昨夜見た貞夫のことを思い出していた。
 貞夫は一人仏壇の前に座っていた。茜が死んでもう五年。茜の死以来、貞夫は人が変わってしまった。まず言葉遣いが乱暴になり、常にいらいらした様子で、家族に手を上げることもあった。学校から呼び出しを受けることもあったし、町で喧嘩をして相手に怪我をさせ、警察の世話になったことも何度かあった。
 しかし、春夫はそれを仕方のないことだと思っていた。
 貞夫の変化の原因が茜の死にあることは明らかだったし、貞夫を叱ったところで、彼が素直に生活態度を改めるとは思えなかったのだ。何より、時間が経って心の傷が癒えればきっと、貞夫は反省し、元の普通の生活を始めると思っていた。いや、そうなってくれると思い込みたかった。
 
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