あの日まではただの可愛い女《ひと》。
筋 肉 試 食 会 おかわりっ!
 ざわざわとした安居酒屋の一角。
 久しぶりに、集まろうということで、今年初めての宴会で、桜は一杯目のビールを早くも干していた。

「桜さん次何飲みます?」

 んー。今日は日本酒が安くてまぁまぁ揃ってるお店だったっけかなー。とか思いながらメニューを桜はめくる。

「黒龍か、醸し人九平次がいいかなぁ~」

 辛口でキリッとだと好みとしては黒龍か…と判断して、黒龍を頼んだ。
 平日で、会議があったので、本日はタイトスカートである。黙っていれば、綺麗なOLにも見えなくもないのに桜の前に並んでいるのが、枡に入ったコップ酒に、蛍烏賊の塩辛や、さばの刺身という完全に新橋のおっさん状態である。

「桜さん、結構今日飛ばしてるけど大丈夫ですか?」
「そ、そう?」

 いつもとそれほど酒量は変わらなかったと思っていたが少し緊張しているのかもしれない…。そう思って桜はペースを少しだけ落とすように酒を舐めた。

『今度の飲み会、葵はどうするの?』
『出張帰りだから遅れていくとは思いますけど、顔出しますよ』
『あ。そうなんだ…』
『どうしたの?』
『いや。あの、どうしようかと思って』

 そう口ごもる桜を片眉だけ上げて一瞬見た後に、葵が笑って言った。

『桜さんの気持ちが整理つくまで、付き合ってるの伏せてていいよ』

 簡単にそんな風に言われて、拍子抜けしたような、がっくりしたような気持ちで桜は、ありがとうと言った。

 そんなことをつらつらと思い出してたためか、一度落としたペースがまた速めになっていて、黒龍もすでに2杯目半ば…。開始30分ちょっとでコレは早すぎだろうよ、と自分で突っ込む。

「お。レアキャラきた!」
「チワッスー」

 出張帰りといいつつ、バックは普通の書類かばん一つで葵がテーブルについた。
 たまたま空いていた桜の隣に座る。すぐに生ビールが来て乾杯をする。

 ――うううー。緊張するよぅ。

 そう思って、どきどきして顔が熱くなるが、横目で見た葵は平気な顔である。そっぽを向いて、桜は酒盃をあけた。

「桜さん、ちょっとペース速いよ~」

 そう七海が心配気に桜に注意する。

「何か食べなよ、桜」

 そう周りから言われたが、なんとなく緊張して、喉に通る気がしなくて、あまり確かに食べていなかった。サラダやから揚げを取り分けてもらって、それをつつこうとすると、左手に暖かいものが絡み付いてきた。横目で見ると葵が少し、意地悪な視線で微笑んでそっぽを向く。ただし桜の左手に指を絡めたままだ。

 ――ううう。なんつーべたなことを…。しかも何気に恨みに思ってるよね? その目線。でもでも、まだみんなに白状するのは恥ずかしいんだもん。

 そう思って、桜はまたグラスをこくりと飲む。そんな感じで葵が宴席に入ってビールを一杯あけた頃であろうか。

「相変わらず、いい体してるなー」

 スーツの上着を脱いで、腕まくりをしている葵を見て、飲み会メンバーが言い出す。
葵は平気で、2杯目のビールを飲みながら『そう?』という感じで、相手に目配せをする。

「あ、前の筋肉触りまくり大会に出席してなかったから触らせてー」

 そんな声が上がりだし、葵の体に手が伸びる。

 ――ちょっ何でみんな、そんなに筋肉触りたがるんだよ!!!

 そう思って少しだけ身動(みじろ)ぎするが、葵の指がその瞬間に離れて、寂しくなって思わず黙り込んでしまう。

「いいっすよー。触るくらいどうぞ」

 ――葵のバカ!!!

 そう思うが、公表を伏せてって言った手前、何もいえなくてぎりぎりと唇をかんだ。思わず酒が進んでしまう。

「さ、桜さん、ちょっと大丈夫ですか!?」

 七海のあわてた声がした。
 酒量的には許容範囲だと思ったが、結構頭に瞬間的に血が上ったんだろう。桜の意識はそこでぷっつりと切れた。




 「あれ?」

 桜はふっと気がつくと、周りが静かで、下肢に温かい気配がしていることに気がついて、我に返った。
 下を覗くと葵が笑って見つめている。

「えと…」
「桜さん、気がついた?」
「えええーと…」
「どこまで覚えてます?」

 苦笑混じりに聞かれて、正直に答える。

「くはっ!かなり覚えてないなぁ」
「え? わ、私何かした?」

 くっくっくと、桜の下で身をよじって葵が大笑いする。

「ねぇ、一体…?」
「ぷっ…。姐さん、俺の筋肉に触っていいのは私だけなんだから!って抱きついてきたんですよ」
「――!!!!」

 ひー。恥ずかしいっと思って桜は思わず顔を両手で隠してしまった。

「もうそのまま、俺に顔を埋めてしがみついて離れないし、しょうがないからそのまま俺たち抜けたんですよ。ちなみに今の今まで俺のどのパーツが好きってことをわからしてあげるって、ずっと語ってましたよ」

 うわーん。恥ずかしいっっ。そう思ったが大事なことを確認せねばと桜は葵に質問をした。顔はほとんど隠したまま、葵に聞く。

「ば、ばれた?」
「ばれたって言うか、ばらしちゃったよね、桜さんが」

 くぅ~~~っ。私のバカバカバカ!!!と頭を抱える桜を尻目に、葵は指をつっと滑らしてガーターベルトのラインを撫でた。

「――!」
「ね。桜さん、ここ見覚えない?」
「ええー…とっ。!? まさか??」
「そうそう。最初と同じ部屋空いてたんですよ」
「な、なんでー?」
「いや素直に酔っ払ってる桜さん、連れ込むのは当たり前でしょ?」

 つらりといわれて、思わず葵の胸をぽかぽかと叩いてしまう。
 その手を大きな手で包み込まれて、桜はドキッとする。もう片方の手で、タイトスカートをたくり上げられて、ガーターベルトのラインと太股を触られる。

「ね。相変わらず俺の腕とか手が好きなんだね」

 桜は酔いもあってか素直に言った。

「相変わらず好きだよ。手も上腕二等筋も。腹筋もいいし…」

 そう言って、手を引き抜いてから葵のワイシャツのボタンをはずして、胸筋から腹筋に指を滑らす。滑らかで自分のようなやわらかさがない皮膚の感触に胸が躍った。
 そんな桜の頭を梳いてたかと思うと、葵は桜の首筋にかかっているチェーンを引っ張り出す。

「もうばれちゃったんですから、コレ、どこに行ってもはずしちゃだめですよ」

 ネックレスの先端に引っかかっている指輪を、葵は桜の目の前に突き出した。ブルーとピンクサファイヤが配置されているシンプルな指輪だ。気持ちが通じ合った翌日に葵に、連れ出されて買い与えられたものだ。

「うっ……ワ、ワカッタ…」
「会社でもですよ」

 そう言って片膝を立てられて、ぐりぐりとショーツの上から秘芽に押し付けられる。

「あぅっ」

 確か初めてのときもこういうことやられたなぁと、桜はふっと思ったが、葵の表情がまったく違っていて、逆にドキンとする。あの時は大分イジワルな表情だったが、今はとても優しくて愛《いとお》しいと言われているような気がする。

「――す、き」

 桜は少し掠れた声で、葵の耳元に顔を落として言った。まだ酔ってるなと自分で思って笑ってしまう。葵が驚いた顔をして桜に目線を合わせる。

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