溺愛マイヒーロー
突然、あたしの視界に映りこんだ手が、トン、と机を小突いた。

それが、誰のものか。一瞬にして雰囲気からわかってしまったあたしは、とっさにびくりと肩を震わせる。



「琴里」

「──、」



かけられた声に顔を上げる、と。やっぱりそこには、悠介の姿。

廊下側最前列のあたしの席の前に立つ彼を、思わず呆然と見上げた。



「……悠介、」



あ、どうしよう。心の準備、できてない。

おそらく時間にすればたった数秒の間に、いろんな考えがぐるぐると頭の中をまわる。


……だけどそんな思考は、彼がふっと破顔したことによって全て吹き飛んだ。



「ふはっ、琴里おまえ、なーに眠そうな顔してんだよ」

「ッ、」

「あのさ、英和辞典ある? 俺、次の授業で使うんだよなー」

「え? ……ああ、うん、あるよ」



返事をして、すぐにあたしは、先ほど英語の授業で使ったばかりの英和辞典を机の中から取り出した。

それを手渡すと、サンキュ、と言って悠介が笑う。



あ、れ? いつも通りの、悠介だ。

自分に対しいたって普通に話しかけてくる彼に、昨日の気まずさなんてどこにも見あたらない。

……なんだあたし、ひとりで勝手に不安になって、バカみたいじゃないか。
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