水没ワンダーランド


那智が目を覚ましたときには、猫は居なくなっていた。


(夢……じゃないよな…?)


頬にサワサワとしたくすぐったいような感覚と、土臭いにおいが鼻孔をつく。

どうやらここは草原らしい、と那智は気づく。



那智は頬についた土を軽く払って立ち上がった。




「……いっ……!?」




立ち上がった途端に頭痛がして、額を押さえた。




(―――バスタブに飛びこんだ後、もの凄い勢いでトンネルを落下して…それから…それから……)


地面に叩きつけられたような記憶。


「…っ…もしかして……」



嫌な予感がして那智は空を見上げる。



もと居た世界と同じく蒼い空に雲が浮かぶそこには、ぽっかりと小さな穴が開いて光がさしこんでいる。


否、穴が小さいのではなく遠いのだ。
うんと高いところに穴が存在している。


つまり、那智はバスタブを抜け、あの穴から落ちてきたのだ。


「よく生きてたな…」


那智はつぶやき、ハッとして腕の時計を確認する。
幸い衝撃を免れたらしくカチコチと時を刻んでいた。

針は戻っている。
今の正確な時間はわからなかったが、どうやら動作の面では壊れてはいないらしい。



安堵して時計から目を離そうとしたとき。



「……あ…あれ…?」



腕につけていた時計が、増えている。
昨日買ったばかりの時計と、もう一つ。


先週、壊れて捨てた腕時計が、新しい時計と一緒に右手首に巻かれていた。



「いつの間に……?」


確かに捨てたはずなのに。

盤面を見れば、秒針は動かずやはり壊れたままだ。



「……まあ、いいか」


(嫌われてると思ってたけど、案外好かれてるかもな)


那智は苦笑した。


そしてぐるり、と360度景色を見渡す。

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