水没ワンダーランド
「元気だして、那智」


チェシャ猫のまるで見当はずれな励ましに、那智はカッと目を見開く。


今にも殴りかかりそうな那智を止めたのは、さっきまで黙っていた女の子だった。



「と、とにかく。その人たちを見つけ出さない以上、どうしようもないじゃないですか!まだ、その、へ、変身してるのかもわからないし…。だから、ここで喚いても仕方ないですってば!」


「……あ………」



年の割にずいぶん冷静な少女だ、と那智は思った。

昂りは徐々に落ち着いてゆく。



「……悪い」


「大丈夫だよ。そんな那智も大好きだよー」


「…お、まえ……っ…!」


一旦、俯いた那智がチェシャ猫を睨み上げてうなる。


「那智は、その人たちをスクイタイんだね?」


「……あんな風にさせたくは、ない」



自分が何をすればいいのか、わからない。
何のためにこの世界に呼ばれたのかも、本当のところはよくわからない。


でも、迷い込んだ人間を死なせたくはない。



あんな化け物には、絶対に、成り果ててほしくない。




「じゃあスクッテあげようか」



チェシャ猫はこの世界を知っている人物でありながら、行動権を那智に委ねているようだった。


もしかすると、チェシャ猫ですら“那智がするべきこと”がわからないのではないか。



一抹の不安を覚えたが、今は、目の前にある恐怖。



迷い込んだ人間を救うこと、が先決だった。




自分と同じ世界の人間、を。



「いきましょう、那智さん」


ぐ、と女の子が拳を握った。
那智が振り返って、女の子を睨んだ。


「……いや、なんでお前当然のような顔してついてこようとしてんだよ?」


「ええっ!?さりげなくついていこうと思ってたのに……」


「お前みたいなガキがいたらこっちまで危険だろ!」


「なっ……那智さんの合理的すぎる考え方ってすごくよくないと思います!道徳の授業とか、先生から猛烈に批判されたでしょ」


「……っ…なんで知ってんだよ…」

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