花は花に。鳥は鳥に。
「紗江ー。悪いけど、あたしもう寝るねー?

 ちょーっとオーバーワークだわ。」

 入れ替わりで洗顔に立ったわたしに、敬子が言った。

 背後で、ごそごそとお布団に潜りこむ気配があった。

「いいよ、先に寝てて。

 わたし、ちょっと出てくるかもだけど、気にしなくていいからね。」

 ちょっと呑み直したい気分なのだ。

 それに、メールの返信も出したい。

 さすがに寝てる人の隣でゴソゴソするのは申し訳ないし。

 スマフォは持っているけど、ラインはやらない派だ。

 時間が幾らあっても足りなくなる。


 わたしがお布団に戻ってポーチを枕元に置いた時に、敬子が呟くような声を発した。

「ねぇ、紗江さぁ、マジで考えた方がいいよぉ。一生、泣かされるよ?」

「ん?」

 聞こえなかった振りで問い直したら、敬子はもう目を閉じて何も反応しなかった。

 静かに胸が上下して、ホテルの部屋はいきなりシンとした。

 電灯は点いているのに、ひどく寂しい気分に襲われる。

 置いていかれたように、悲しくなった。

 こんなに心配してくれているのに、こんなに寂しいのはどうしてなんだろう。


 客室を出て、ドアにもたれて再びメール欄を開いた。

 まだ母からのメールを読んでない。


『今度、お見合いしてみない?』

 件名を見ただけで、内容が解かる。

 母は友人のせいにして、わたしに見合いの話を持ってくるのだ。

 友達の紹介で断れないから、会うだけ会ってちょうだい、と。

 叔母さんの件があるから不安で仕方ないのだと、父に話しているところを聞いてしまった事もある。

 わたしに叔母さんと同じ苦労はしてほしくないのだろう。

 敬子の言葉の後だと、ちょっとキツいなぁ、と思う。


 誰かに見られたくなくて、廊下の隅に移動した。

 そこは自販機のコーナーで、新聞の自販機まで揃っていた。

 ちょっとした椅子とテーブルまで備わっていて、こんな時の用意なのかと思ったりした。


 祐介への返信はずいぶん時間を取られた。

 長い文章を打つことで、何を誤魔化したいんだか自分でもよく解からない。

 本当の気持ちとはまるで違う浮かれた文章を一旦書いて、考え直して削除した。

 まだ十日だ。

 そんなに簡単に気持ちの切り替えが出来るわけないって、祐介にだって解かってるはず。

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