短編集
 その後の永栄は、手当たり次第としか思えない買いっぷりだった。出店のメニュー、全て網羅したんじゃないだろうか。はしゃぎすぎだ。


「うー……」
 案の定買い過ぎだったらしく、複数の戦利品を傍らに残し、永栄は石のベンチに座ったまま、腹を押さえている。
「入らないかも……」
「かもじゃない。女は男よか食えないんだろ」
 呆れながらそう言って、俺は食いさしの芋スティックに手を伸ばした。

「あ、ちょっ」
「俺も食ってやるから、ほら、頑張れ。残すのは勿体ないだろ」
 言いながら、口に放り込む。たこ焼きの他には焼き鳥しか買っていなかった俺は、まだまだ胃に余裕があった。
「うう……何か悔しいぃ……」
「無計画に買った永栄が悪い。食った分は金出すから」
 言いつつ、更に芋スティックをもらう。微妙な塩味が地味に気に入った。

「え、それは良いですよー」
「遠慮すんな、俺も流石にただ食いは気が引ける」
 言いつつ、適当に野口さんを2枚引き抜く。出店は高い。これでも足らない位だろう。
「ほれ」
「な、なんかすいません……」

 戸惑った顔で受け取った永栄に肩をすくめ、その後は2人でひたすら消費していった。部活で演奏している曲について語り合いながら食べてたら、あっという間に減っていく。

 永栄は楽器の扱いを習得するのには時間がかかったが、音楽のセンスは部内でも頭1つ抜けている。彼女との音楽談義に夢中になっていた俺は、手元をろくすっぽ見ずに食べていたのだが……

「あ」
「ん?」

 ふと食べ物とは違う柔らかい触感を感じて視線を落とせば、最後の1個を取ろうとしてた永栄の手に触れていた。

「あ、わり」
 そう言って手を引こうとするより先に、熱いものに触れた時の様に、ぱっと手を引っ込められる。
「……永栄?」

 顔を見れば、こっちが狼狽する程に動揺していた。目をうろうろさせ、口は開閉しつつも言葉が出てこない。心なしか頬が赤く目が潤んでいるのを見て、俺は慌てて口を開く。

「ちょ、おい、泣かなくて良いだろう!? 悪かった、最後の1個まで取らねえよ!」
「……ち、違います! 泣いてませんっ!」
 慌てた様子でごしごしと目を擦る永栄。手を離せば、余計に目が赤くなっていた。

「あーあ、馬鹿……」
 言いながら、ペットボトルのお茶を少しハンカチに染みこませて渡す。冷やせと目で告げると、永栄は大人しくそれに従った。
「すみませんー……」
「ま、永栄がドジなのは今更だ」
「うう、言い返せないのが悔しい……」
 恨めしげな目をハンカチ越しに向けてくる後輩に苦笑を返し、さりげなく目を逸らす。

 ——何なんだろうな、今日は。

 今まで、こいつの恋心を知ってて、何も思わずスルーしてたというのに。ただの先輩として、ごく普通に接してきたのに。

 先程の笑顔や、ついさっきの頬を染め動揺しきった顔。今、ハンカチで目を押さえつつも最後の1つを頬張る、幸せそうな顔。

 そのどれもが俺の平静を揺さぶるから、どうにも直視できない。

「何かそうやって頬張ってると、リスみたいだぞ」
「動物ですか! でもリスなら良いです」
「違った、スナネズミか」
「うわっ、それは嫌な例えですね!」
 動揺した事がバレるのが嫌で、軽口を叩いて誤魔化す。それでも、酷いと言いつつ楽しげな永栄の声が気をそぞろにさせるから、ますます自分が分からない。

 その時、人の流れが一方向へと定まった。時計を見ると、8時15分前を示している。
「お、そろそろ花火か」
 呟くと、永栄がばっと顔を上げた。

「えー! 食べた後に金魚すくいとか輪投げとかしようと思ってたのにー!」
「まだ15分あるし、行けば良いだろ」
 そう提案すると、甘いなあと言わんばかりに、永栄は大きくゆっくりと首を横に振る。

「花火は場所が命ですよ。今から急いで行ったって、ベストポジを確保できるかどうかです。金魚すくいの為に花火を中途半端に見るなんて、先輩は良くても私は嫌です!」
「はいはい」
 情熱に燃える後輩をあしらい、立ち上がって手早くゴミをまとめる。手伝ってからぴょこんと立ち上がった永栄と共に、花火の上がる所からより近い場所へと向かった。
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