社内恋愛のススメ



「もしもし?」


怠そうにそう言った私の耳に入ってきたのは、普段の彼とは明らかに違う声。


電話越しに聞こえる、暗い声。

落ち込んでいる様な、そんな沈んだ声だった。



「有沢………。」


私の名前を呼ぶ、長友くん。

長友くんの声はいつも明るくて、真夏の太陽を思い起こさせる。


しかし、今の彼の声は、深海の底に沈んでいるかの様な声。



にわかに騒ぎ始める心臓。

不安という名の怪物が、私の中に生まれる。


長友くんの声を拾いたくて、気が付いたら彼に必死に話しかけていた。



「な、長友くん!?」


電話の向こう側にいるはずの彼に、呼びかける。


長友くん。

長友くん、応えて。


お願いだから。


長友くんは、消え入りそうな位に小さな声で呟いた。



「お、れ………俺………」


呟いたその声が、電話の向こうで消えていく。


明るい彼の、いつもとは違うその様子。



鐘が鳴る。

私の中で、鐘が鳴っている。


何かがあったんだ。

長友くんに、何かが起こったんだ。


これはやばいと、そう知らせる鐘が聞こえる。



行かなくちゃ。

長友くんの所に行かなくちゃ。


そうしないと、後悔する。

私、絶対、後悔する。



「今、どこ?長友くん、今、どこにいるの!?」

「お前のマンションの、最寄り駅の近くのコンビニ………。」


私はそれだけを聞き出すと、マンションの鍵と携帯電話だけを持って、家を飛び出していた。



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