社内恋愛のススメ



溢れる人の間を縫う様にすり抜けて、私は長友くんと先を目指す。


辿り着いたのは、会社の最寄り駅近く。

駅前にある、居酒屋チェーン店の1つだった。





「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

「あ、2人で。」


明るい店内は、大勢の客で埋め尽くされている。


みんな、考えることなんて同じ。

仕事から解放されて、パーッと飲みたくなるのだ。



クリーム色の壁には、派手なポスター。

テレビでよく見るロゴに、目立つ位置に張り付けられたポップ。


地味な壁紙には、そのくらい飾った方が彩りがあっていいのかもしれない。

まぁ、それも見慣れた風景なのだけれど。



「ご案内します。こちらへどうぞ!」

「どうも。おい、有沢。」


ぼんやりしていた私を、長友くんが大きな声で呼ぶ。

長友くんの声で、私の背筋がシャキンと伸びていく。


外と変わらないほど、賑やかな店内。

賑やかな店内では、長友くんの大きな声も大して目立っていない。



「ごめん、ごめん!」

「………ったく、こっちだって。」


私達が案内されたのは、入り口に近いボックス席だった。




席に着いた途端、パラパラとメニューをめくる長友くん。


紙をめくる音。

真剣な目をして、メニューを見る長友くん。


長友くんが見ているのは、そのほとんどが食事が載っているページ。



「………。」


無言で見ているあたり、よっぽどお腹が空いているらしい。


そりゃ、そうか。

こんな時間まで、会社に残って残業していたのだ。


お腹が空いてしまうのも、当然のこと。



多分、最後に食事をしたのは、お昼休みの時だろう。

そのお昼休みだって、時間を惜しんでまともに食べていないかもしれない。


夢中でページを凝視する長友くんを見ていると、さっきまでのことが嘘みたいに思えた。



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