社内恋愛のススメ



後ろに流した、漆黒の髪。

軽く固められたその髪が、揺れることはない。


黒い縁のある眼鏡が、顔の中心にあって。



滅多に変化しない、その表情。

見えない感情。


変わらない。

何も変わらない。


あの頃のままだ。





上条 仁【カミジョウ ジン】


年は、確か35歳。

私よりも8つ年上の、憧れの人。


入社当時から密かに好きだった、あの人。



始まりは、出社初日。



「有沢さん、だっけ?」


彼がそう話しかけてきたのが、始まり。



入社初日で、ガチガチに緊張していた私。


今日から、社会人なんだ。

もう学生気分じゃ、いられないんだ。


まともに話せなかった私に、彼はこう言った。



「君の教育係に任命されたから。まぁ、よろしく………。」


どこか他人事の様に、そう言った上条さん。



低い声音は、大人の男を感じさせて。


こんな人、初めてだ。

こんな大人の男の人、初めて見る。


女の人じゃないのに、色っぽい。

冷たいのに、艶っぽい。


内側から滲み出す、大人の男の色気。

大学を卒業したばかりの私は、その大人の色気に惑わされてしまったのだ。



「有沢 実和です。今日から企画部に配属されることになりました。よろしくお願いします!」


差し出された手。

その手に、自分の手をそっと重ねる。



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