社内恋愛のススメ



純粋で、真っ直ぐで。

純情で、照れ屋で。


同僚だった時には見えなかった一面を、私に見せてくれる。

彼女になった私に、見せてくれる。



私に、長友くんは似合わない。

真っ直ぐ過ぎて、そんな長友くんには今の私は似合っていないのだ。


私は汚れてしまったから。


汚い私には、長友くんという存在は眩しい。



「心配しないで………。私は大丈夫だから。」


それは、強がりでしかなかった。

本当は、全然大丈夫なんかじゃない。


今だって、怖いんだ。



いつ、あの人が現れるか。

また襲われるんじゃないか。

あの人が、電話をかけてくるんじゃないか。


恐れてる。

私は、あんなに愛していた人を、今では恐れている。



立っていられないほどの震えと、今も戦ってる。

強がりを言って、自分を強く見せなければ、私は1人ですら立てない。


自分に言い聞かせたかったんだ。

誰よりも、自分の為にそう言っていたんだ。



大丈夫。

大丈夫。

私は大丈夫だ。


1人で立てる。

たった1人でも、立つことが出来るのだと。



(これ以上、何も言えない………。)


口を開けば、出てしまいそう。

漏らしてしまいそうになる。


あの記憶を。

忌まわしいだけでしかない、悲しい残像を。



事情を説明出来ずに、再び押し黙る私。

この場を支配しているのは、沈黙だけ。


重苦しい沈黙を破ったのは、長友くん。

わざとらしいくらいにいつも通りを装って、長友くんは軽くこう言った。




「ま、とりあえず、ここ開けて。外、めっちゃ寒いんだよ。」


長友くんの笑顔が見える。

閉じた扉の向こうに、大好きな長友くんの笑顔が。



長友くんのその言葉が、いつも通り過ぎて。

つい、忘れそうになる。


この状況を忘れて、玄関のドアを開けてしまいたくなる。



だけど、それは出来ない。

それだけは、絶対に出来ないのだ。


長友くんと私を隔てる、大きなドア。

それを開ける勇気は、今の私にはない。



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