社内恋愛のススメ



「おはようございます。今日は主人に届けたい物がありまして、こちらにお邪魔させて頂きました。」


部長の反応なんて、文香さんからしてみれば想定内のことだったのだろう。


文香さんは戸惑うこともなく、スムーズに言葉を並べていく。

私に言った言葉とは、全く違う言葉を。



「上条くんなら、まだ出社していませんよ。」

「そうなんですか………。やだ、入れ違いになってしまったわ。」


悲しそうに、目を伏せる文香さん。


そんな文香さんを見て、思った。



彼女は、最初から分かっていた。


上条さんが、まだ来ていないことを。

出社していないことを分かっていて、ここに来たのだ。



そして、私を待っていた。


上条さんに会うよりも先に、私に出会う為に待ち伏せていたのだ。

恐らく。


そこへ、運良く私が現れたのだ。



丁寧な言葉遣い。

緩やかな所作と、上品な身のこなし。


文香さんから漂うのは、品の良さ。

生まれながらにして備わっている、彼女の内から滲み出るもの。


文香さんにはあって、私にはないものの1つ。



「寒い所でお待たせしてしまうのも失礼なので、会議室にお通ししますね。」


確認する様に、部長にそう尋ねる。


部長の答えは決まってる。

ダメだなんて、断る理由もない。



「そうだな、それがいい!」


満面の笑みで、そう言う部長。

一瞬だけ申し訳なさそうな表情を覗かせて、私に向かってこう告げた。



「有沢、悪いが………お前の話は後だ。上条くんが出社するまで、頼んだぞ。」


(やっぱり………。)


やっぱり、そうなるよね。


文香さんが話をしたいのは、私だ。

その方が、私にも文香さんにも好都合。



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