社内恋愛のススメ



「うーん………。」


終業後。

会社のトイレに籠もること、1時間。


定時を過ぎたこの時間、女子トイレには誰もいない。



それも、当たり前。

だって、今日は金曜日。


明日は休みという、この素晴らしい時間。

わざわざ会社に長居する社員なんて、そうはいない。


静かな女子トイレに、私の唸り声だけが虚しく響く。



「んーーー、あれ?」


手に持った小さなブラシを、上下に揺らす。

プルプルと震える手が、小刻みに小さなブラシまで揺らしていく。



「マスカラ付けるのって、こんなに難しかったっけ?」


私の手には、黒のマスカラ。

マスカラが付いた付属のブラシがある。


最近、買ったばかりの新製品。

ついでに言うと、買ったのは月曜日の仕事帰り。



月曜日。

そう、月曜日。


上条さんが帰って来た、あの日。



あの日から、私は変わった。

ちょっとだけ、変わった。


少しだけ、ほんの少しだけメイクに気合いを入れる様になったのだ。



メイクなんて、面倒臭い。

出来ることなら、スッピンのままでいたい。


そんな私が、久しぶりに新しい化粧品なんか買ってる。

可愛い色のマニキュアなんか、塗ってみたりしてる。



女なんて、捨てたつもりでいたのに。

捨てたと思っていたのに。


ゲンキンだ。

単純な人間だ、私も。



憧れていた人が、上司として戻って来たからって。

諦められなかった気持ちを、思い出してしまったからって。


捨てていた女を取り戻そうとするなんて、我ながら単純過ぎる。



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