社内恋愛のススメ



見覚えのあるその文字は、上条さんのもの。


シュッと伸びた線。

変なクセもあまりなく、読みやすい字。


もしかしたら、私よりも綺麗な字を書いているのかもしれない。



『今夜7時、この間のホテルで食事をしよう。』



(ふふっ、………上条さんってば。)


こういう所、ちょっと上条さんらしくて笑える。


みんなに内緒の恋。

それなのに、悪戯好きな子供みたいにこんなことをしかけてくる。



冷たそうに見えるのに、本当はそうじゃない人。

大人の男の人なのに、別の一面も合わせ持つ人。


スマートに、だけど時には熱く。



『楽しみにしています。』


なるべく綺麗な文字でそう書いた付箋紙を貼って、頼まれていたコピーの山を上条さんに渡した。






秘密の恋。

初めての社内恋愛。


どこかくすぐったくて、じれったくて。

そんな恋を始めてから、1ヶ月。


ずっと、こんな日々が続いていくものだと思っていた。



上条さんにドキドキして。

会社の人にバレないか、ヒヤヒヤして。


そのスリルがまた、楽しくて。



余裕があったのだ。

この時の私には、まだ心に余裕があった。


愛されてる。

私は、大好きな人に愛されてる。


そのことが、私に自信を与えてくれていたから。



初めての夜に感じた不安も、吹き飛んでいた。

忘れてしまっていた。


上条さんが、そうさせてくれた。



しかし、そんな幸せな毎日は、長くは続かなかったんだ。



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