社内恋愛のススメ



ガシャン。

椅子が転がる音が、やけに大きく響く。


気が付いたら、駆け出していた。

何も持たずに、駆け出していた。


幸せそうに微笑む、文香さんの横を擦り抜けて。




「はぁ………っ、はぁ………。」


全速力で、社内を走る。

人が多い企画部のフロアを走り抜け、エレベーターに乗って。



こんなに走るのは、いつ以来だろう。

息が切れても、不思議と苦しくなかった。


離れたかった。

一刻も早く、あの場所から離れたかった。


幸福に満ち溢れる、あの場所から。

上条さんと文香さんが並ぶあの場所から、逃げ出したかった。




周りの視線なんか、どうだっていい。

どう思われたって、構わない。


あの2人を、視界に入れることが出来ない。

2人を直視出来ない。


我慢出来ないんだ。



「………っ!」


私の目からは、涙が溢れ出す。

苦い涙が頬を伝って、落下していく。


ロビーを走り抜けて外へ出ると、先ほどよりも強くなった雨が、滝の様に激しく地面に打ち付けていた。






口の中で、涙と雨が混ざり合う。

しょっぱくて、苦い味。


私がそう望まなくても、侵入してくる。

そう、まるで今の私が置かれている状況、そのままに。



傘も差さずに、雨に打たれて。

滝の様に打ち付ける雨に、身を委ねる。


冷えた体を温めてくれる人は、もういない。


私を選んでくれていたはずのあの人は、別の女の人の手を取った。



その事実が、私に重くのしかかっていた。



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