彼女のすべてを知らないけれど
ミコトと名乗る黒スーツの男は、スマホを持つ手を頭の上にやる。俺はグッと両手を伸ばし、それを取り返そうとした。
「届かない~!!」
平均より、身長は高いはず。なのに、まったくスマホに手が届かない。ミコトは俺以上に背が高いみたいだ。
イタズラ小僧のような行動に飽きたのか、ミコトはアッサリスマホを返してきて、
「電波が届かないようにしてある。最初からこうすれば良かったな」
と、つまらなさそうに言い、自分の家であるかのように冷蔵庫を開けて中身を物色した。
「シケてんなぁ。若者の冷蔵庫には肉とかケーキがたくさん入ってるイメージだったのに、期待外れだった」
「他の人はどうか知りませんが、今の俺 にはそんな金銭的余裕ありませんよ。って! 勝手に人んちの冷蔵庫開けないで下さいっ!!」
調味料と鮭フレークの瓶しか入っていない冷蔵庫の扉を勢いよく閉め、俺はスマホ画面を素早く操作した。何回か110に電話をかけてみたが、いっこうに繋がらない。
「故障かなぁ? 買ってまだ半年も経ってないのに……」
「言っただろう。電波を遮断している。通報されたら何かと面倒なのでな。
電話がなくても、特に困ることはあるまい」
「困るよ! 連絡ツールはこれしかないんだからっ。固定電話も契約してないしっ! 」
丁寧な言葉使いをやめ、普段通りになってしまう。