不器用
佐藤恭平
それが彼の名前だ。
佐藤先輩との関係が始まったのは私が大学三年生になる一ヶ月前のことであった。私と先輩は大学で同じバドミントンのサークルに所属していたのだけれど、ある飲み会の帰りに一緒にタクシーで帰ったのが事の発端であった。
「お持ち帰りされたなんてお母さんにいったら一人暮らしさせてもらえないよ」
絶対に言えないね。と笑ながら私を小突いたのは親友の小林愛である。愛も同じサークルで佐藤先輩のことはよく知っている。話をしたときの愛の驚きかたといったら、まるで漫画のようだった。
「で、結局昨日も最後までしなかったの?」
「うん、まあ」
愛は私の部屋のベッドをちらりと横目でみて、肩をすくめてみせた。
そう。佐藤先輩とはお持ち帰りされた日も、その後何回か会った時も結局関係を持ってない。まあつまり前段階だけ、ということなんだけど。
「なに考えてるか分かんないや」
「付き合う、とかそういう話しないの?」
「…してない」
「なんで?」
「だって絶対軽い女って思われてるよ」
そんな女と付き合わないって。そう呟くと、やっぱり一回ちゃんと話しなよ、と愛は私の携帯を指差した。メールを送れといいたいらしい。また会っても曖昧な関係が続くだけだ。分かっているのに。宛先のところにはもう先輩のアドレスが表示されていた。
「好きなの?凛は」
「…多分。先輩に甘えるの好きだし」
「えーなにそれ。凛が甘えるなんてめずらしいじゃん」
「だって…かっこいいし…なんか包容力ある」
「なーに赤くなってんだよ」
「う、うるさいなあ…あ。」
「ん?」
「先輩から、メール返事きた」
今から来るらしい。そう愛に告げると、いたずらっ子のように愛は笑った。
「じゃあ邪魔者は退散するかな」
「なんかごめんね」
「いーのいーの!また話きかせて」
愛のいなくなった部屋を見渡して私は一度大きく深呼吸をした。