ボレロ - 第二楽章 -
知弘さんが私に協力を求めたことは、須藤社長は知らないそうだ。
通報は反対であるとの取締役の意見が多いため、警察や捜査機関が動いたと
わかれば社長の信用はなくなり、ますます立場が悪くなる。
あくまでも私の独断で動いたことですからと言いながら、これは立派な犯罪
です、例え身内が企てたことであっても見逃すことはできませんと、知弘さん
の固い決意が見られた。
ふたりで考えられるだけの対策をひねり出し、足固めをしていった。
自宅のマンションに戻ったのは明け方近くで、まんじりともしない一夜を
明かすことになった。
珠貴を乗せて霧島君の会社から立ち去ったと思われる車は、守衛が特徴を記憶
していた。
社用車であるはずの車が、なぜレンタカーのナンバーだったのかと不思議に
思ったそうだ。
運転手は若い男性で、助手席には女性の姿もあったと有力な情報だった。
車を断定するのは難しいことではなさそうだが、偽名で借りただろうから人物
の特定は難しい。
その先をどうやってたどっていけばいいのか、じれったさに頭が混乱し迷路に
迷い込む。
捜査の真似事など考えてみるが、考えてはじめてすぐにつまづいてしまった。
感情が先走る頭では冷静な判断はできそうにない、専門家に任せた方がよさ
そうだ。
珠貴、君は今どうしている。
君のことだから、自分の置かれた状況を把握し、なんとかできないものかと
必死で考えていることだろう。
窮地に追い込まれながらも、キッと見据えた目で毅然としている珠貴の顔が
目に浮かぶ。
私が思い描くのは、先の見えない事態に陥っても恐怖に泣き崩れた彼女の姿
ではなく、困難に立ち向かう引き締まった珠貴の顔だった。
サイドボードにおかれた珠貴とそろいのランプに手を伸ばし、無事でいてくれ
と願いながらガラスのランプシェードをなぞった。
夜が開けるのを待ち潤一郎の自宅へと電話をすると、思ったとおり紫子がでて、
こんな早くにどうしたのと不安そうな声があった。
『紫子に頼みがあるんだ。それから潤にも。潤はいる?』
『えぇ、いるわよ。いまごろ休暇ですって。しばらく日本にいるそうだけど』
『これから行ってもいいか』
『どうぞ、待ってますね。宗一郎さん、お食事はまだでしょう?
一緒に用意しておきますね』
朝食の用意をして待っているからと嬉しいことを言い添えた義妹は、余計な
ことは聞かず電話をおいた。
潤一郎も紫子も、私と珠貴の関係を知らない。
そんな二人へ、どうやって協力をしてもらうかを考えに考えた。
正直に打ち明ければ済むことだが、ことに紫子はどうして黙っていたのか詰め
より、面倒な説明を求めるだろう。
緊急性のある用件であるため、ここは私を通じて須藤家から依頼があったと
いうことにした。
実際そうなのだからウソではない。
珠貴と紫子は中学高校時代の先輩後輩でもあり、卒業後も親密な付き合いが
ある。
紫子に相談するのは間違いではなく、むしろ正しいと思われた。
珠貴の消息がわからないと聞けば、諜報機関に勤める夫の潤一郎か、実家の
父で警察庁長官を務める京極長官に相談するだろう。
京極長官の一声があれば、各方面へ融通が利くはずであるから、あとは、
こちらでわかっている情報を渡し、内々に捜査を進めてもらう。
潤一郎と紫子へ順序良く話を持っていくために、私は頭の中で何度も説明の
手順を踏んだ。