ボレロ - 第二楽章 -


知弘さんの携帯が着信を知らせ、表示を見た顔がため息をついた。

姪からです、珠貴の妹の……と言い、ゆっくり電話に出た知弘さんの声はとても

優しいものだった。



『どうしたの。うん、うん、それは……えっ、本当なのか……』



途中から慌てたような相槌になり、みなが聞き耳を立て、電話後の報告を

待った。



「櫻井祐介が兄を訪ねてきたそうです。

真剣な面持ちで、兄と義姉に話をしていたそうです。

珠貴はどこかのホテルにいるらしいと、それだけ聞こえたと、

紗妃が知らせてきました」


「ホテルですか。それは大いに考えられますね。

要人をかくまうなら、ホテルか病院と相場は決まっています」


「紗妃には珠貴のことは伏せておりましたが、勘のいい子で、

何かあったのだろうと問い詰められました。

今朝も、姉が戻らない、電話もメールも応答がないと重ねて聞かれて、

今は詳しく話せないが、心配な状況だと伝えておいたので。

それで、知らせてきたのでしょう」


「知弘さん、珠貴さんのご両親に、須藤家を訪ねた櫻井祐介のことを

聞いてもらえませんか。 

それから、珠貴さんの妹さんにもお話してあげてください。

何も知らないと言うのは、不安を煽るばかりです」


「そうですね、そうします」


「僕はこれから情報を集めてきます。

ホテルにいるのであればかなりの人数が見張っているはずです。

実際そういった組織もあります。大人数で動けば目に付きやすいでしょうから」 



ホテルのスィートルームの客を調べましょう、との潤一郎の説明が続き、それ

なら狩野に協力してもらおうかと、とっさに声が出ていた。



「そうだな。すぐに呼んでもらえないか。それから、宗に頼みたいことがある。

クレームになった繊維だが分析を頼みたい。

本当に有害物質が含まれているのか、どれほど肌に影響があるのか、

できるだけ詳しい検査結果が欲しい」


「わかった。知弘さん、布の提供をお願いできますか。 

クレームの実態が明らかになって、もし虚偽であるとなれば、

そちらから攻めることもできます。訴訟に強い弁護士も選りすぐって」



それは大丈夫ですと力強くうなづく知弘さんの横で、紫子がすごいわ……と

もらした。



「こんな風に、ひとつずつひとつずつ確証を得ていくのね。

まるでチェスみたい。 

追い詰められて、だんだん悪い人が浮かび上がってくるのね」


「いい例えだね。そういうことだよ」



潤一郎に褒められて紫子が嬉しそうだったが、珠貴さん、いまどうなさっている

かしら……と、瞬時に友人を案じる顔になった。


紗妃ちゃんの心配顔が浮かぶ。

珠貴が姿を消してから、紗妃ちゃんからのメールも途絶えていた。

何も知らされていない苛立ちを抱え、どんなに心配したことだろう。


それにしても、なぜ櫻井だけが帰ってきたのか。

相手側の条件を言い渡されて、それを伝える役目を担ったのか。

見えそうで見えない事件だが、少しずつ少しずつわかることが増えてきた。

けれど、私たちが珠貴の居場所にたどり着くのはいつになるのか。


部屋から見下ろしたホテルの庭に、大きなもみの木のクリスマスツリーが見

えた。

向かい合い、互いにプレゼントを渡し、安らかにいだきあう夜を迎えられる

のか……

窓ガラスに映った顔に、弱気になるなと拳を握り締めながら、自分に言い聞か

せた。




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